"近頃、強く思うのです。
行ってみたいと思う場所は行くべき場所であり、
会ってみたいと思う人は会うべき人なのではないか、と。
行ったところで、会ったところで、それが何の意味もなさないとしても。"
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yuta nishiura at savoir vivre 2013。4月28日(日)まで。 http://savoir-vivre.co.jp/exhibition/2368.html
(via hicobeli)
(Source: matemoromatemoro, via hicobeli)
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ある先輩から「一流になりたいなら、人の批判をしちゃだめだ」と言われたことがある。つまり「うまくやれ」ということだけれど、そんな器用なこと、僕にはできない。それどころか、間違ったことを無理矢理飲み込んで、その場をかわすことで成り立っていくことに嫌気がさしている。随分と前から。ダイナミックな大人が減った。場の空気を読めないのは迷惑だけれど、読みすぎると少しづつ、なにかにひずみがでて、正しいものが歪んできて、しまいにはそのゆがみにも気がつかなくなるような気がする。
グッドデザイン賞には、制度として誕生した意図は、大いに賛成できるけれど、もはやその創設の目的は達成している。
デザイン好きやデザイナー業界は、デザインを可愛がりすぎる。その政治的規模なものが今のグッドデザイン賞だ。
深澤直人さんが審査委員長となり、審査についての表明があった。AKB48がグッドデザインか??ということをツイッターでつぶやいたところ、「集客があったからグットデザインだ」などのおおよそまともに聞けない意見から様々あったけれど、そして、この受賞の背景を深澤さんは「デザインは形あるものは、その形の必然をより追い、他方では形や色のことではなく、無形の例えばシステムのようなものもデザインと呼ぶようになる」的なことを言っている。深く何度も読むとそんな気持ちにもなる。が、業界の使命があるとしたら、ひとつのは「守ること」もある。ファッションはそれがうまくできなかったように思う。時代や流行のせいにしがちだけれど、「ファッション」を守ってきたブランドだけが、結果、生き残った。消費者と社会を前後に背負いながらも、がんばっているメゾンだけが、今もあるとしたら、デザインは「形になったもの」であって欲しい。というか、業界の人は「デザイン」を「形のない方向」「見えない方向」に持っていって、なにか高尚な世界に包みたがるけれど、そんなことで成立するのは「吉岡徳仁」の世界であって、形に固執しているからこそ守られていたものが、その方向に向うことは、僕はとても危険だと思う。自由に無形に「デザイン」という言葉が変貌していくことで、新しく、可能性のあることを「デザイン」は手に入れたような気持ちになるだろうけれど、あらゆるデザイン業界の人の腹の底には、「デザインとは形のこと」という前提がある。その考えを解放してかっこよく進化していきたいと思う「デザイン」の正体とは、形のことであり、僕はそれは「守る」べきことだと思う。ファッションが「服」だけのことではないと、誰かが言い出したときから、「服としてのファッション」が薄まっていったようになってはいけないと思う。
ツイッターの反省をしながら、ナガオカ日記、再開!! - D&DEPARTMENT PROJECT (via theemitter)
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人はピントの合っていない絵を見ると、ピントを合わせたくて彷徨うんです。でも合わないんです。目では合っているんだけど、ピントがぼけている状態だから合っているところを探すんですよ。僕は必ずピントの合っているところを作っておくから、必ず見つけてピントの合っているところにとどまるんです。人はそこで絵が見えたと思うんです。
ー鈴木理策
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